熟練者へのヒアリングがうまくいかない理由
熟練者へのヒアリングが空振りに終わる現場には、共通する聞き方のパターンがあります。
- 質問が大きすぎる: 「この工程のコツは何ですか」と聞かれても、熟練者は工程全体のどこを話せばよいか分からず、「慣れです」と答えるしかない
- 作業から離れた場所で聞く: 会議室で記憶だけを頼りに話してもらうと、体で覚えている判断ほど思い出されない
- 聞いて終わりになる: メモは取ったものの手順書に反映されず、次の担当者が読める形にならない
勘・コツがそもそもなぜ言葉になりにくいのかは勘・コツの言語化はなぜ難しいのかで、暗黙知を形式知にする全体の進め方は暗黙知とは?形式知化(言語化)の方法で解説しています。本記事はその中の「熟練者に話を聞く場面」の具体的なやり方に絞ります。
ヒアリング前の準備
ヒアリングの成否は、当日よりも準備で決まります。次の4つを先に済ませておきます。
- 聞く作業を1つに絞る: 「プレス工程全般」ではなく「金型交換後の初品確認」のように、1回のヒアリングで扱う作業を小さく区切る。不良やトラブルが起きやすい作業、新人がつまずきやすい作業から優先する
- 聞き手が先に作業を見ておく: 既存の手順書を読み、作業を一度見学して、流れと分からない点をメモしておく。聞き手が作業を知らないと、熟練者は基本から説明することになり、肝心の判断まで話が届かない
- 作業を動画で撮っておく: 熟練者の通常の作業を、手元が見える位置から撮影しておく。当日はこの動画を見ながら聞く
- 目的を本人に伝えておく: 「後任が同じ品質で作業できるように、判断の理由を手順書に残したい」と目的を共有する。評価や粗探しのためではないことを明確にすると、失敗談も話してもらいやすくなる
ポイント: 1回のヒアリングは長くしすぎず、作業1つ分に区切って複数回に分けます。熟練者は通常業務を抱えているため、短い時間で終わる形のほうが続けやすくなります。
答えやすい質問の作り方
勘・コツを聞き出す質問は、「何を」「どうやって」ではなく、判断のきっかけと基準を具体的な場面で聞くのが基本です。抽象的な質問を、答えやすい形に言い換えた例を示します。
| 聞きたいこと | 答えにくい質問 | 答えやすい質問 |
|---|---|---|
| 判断の手がかり | コツは何ですか | いま手を止めたのは、何を見て(聞いて)決めましたか |
| 良し悪しの基準 | どうなれば良いのですか | 良いときと悪いときで、見た目・音・手応えはどう違いますか |
| 異常時の対応 | トラブルのときはどうしますか | 最近「おかしい」と感じたのはどんなときで、最初に何をしましたか |
| 順番の理由 | なぜこの順番なのですか | この2つの作業を逆にすると、何が困りますか |
| 新人との違い | 新人に足りないものは何ですか | 新人がこの作業で失敗するとしたら、どこだと思いますか |
| 失敗から学んだこと | 気をつけていることはありますか | 若いころにこの作業で失敗したことはありますか。それ以来何を変えましたか |
答えが「感覚で」「慣れ」になったときは、そこで終わらせず、「その感覚は、何と比べて分かりますか」「新人に一つだけ伝えるなら何ですか」と、比較や絞り込みの形で聞き直します。数値で言えそうなもの(締める回数、待つ時間、隙間の幅など)は、その場で「だいたいどのくらいですか」と目安を確かめておくと、手順書に書きやすくなります。
作業動画を見ながら聞く
記憶だけに頼らず、事前に撮った作業動画を熟練者と一緒に見ながら聞くと、話が具体的になります。進め方は次のとおりです。
- まず通しで見てもらう: 熟練者自身に動画を見てもらい、「普段どおりか」「今日は違うところがあったか」を確認する
- 判断が入る場面で止める: 手が止まる、見る方向が変わる、やり直すといった場面で再生を止め、前の章の質問をその場面に当てはめて聞く
- 時刻と答えをメモする: 「何分何秒の場面で、何を見て、どう判断したか」をセットで記録する。後で手順書のどの手順に書くかが迷わず決まる
新人や経験の浅い作業者が同じ作業をしている動画があれば、並べて見てもらうのも有効です。自分の作業だけを見ていると気づかない違いが、比較することで熟練者自身にも見えてきます。比較で分かることの詳細は熟練者と新人の作業動画比較で分かることで解説しています。
ポイント: 作業の最中に話しかけて質問するのは避けます。手元の注意がそれて危険なうえ、普段の動きも変わってしまいます。作業中の様子は動画に任せ、質問は作業後に動画を見ながら行います。
聞いた内容を手順書に残す
ヒアリングは、聞いた内容が手順書に反映されて初めて成果になります。聞いた当日のうちに、次の形で整理します。
- 手順ごとに振り分ける: 動画の時刻をもとに、聞いた内容を手順書のどの手順に対応するかで分ける
- 急所と理由をセットで書く: 「ここで一度止めて確認する(理由: 位置がずれたまま進めると後工程で直せないため)」のように、やることと理由を並べる。理由があると、想定外の場面でも後任が判断できる
- 判断の基準を具体的に書く: 「異音がしたら止める」ではなく、「いつもより高い音がしたら止めて班長に連絡する」のように、何を基準に、次に何をするかまで書く
- 本人に読んでもらう: 書き上げた内容を熟練者に確認してもらい、意図と違う表現を直す
最後に、その手順書だけを見て経験の浅い作業者に作業してもらい、迷った箇所を確認します。迷った箇所は、まだ言葉が足りない部分です。そこを次回のヒアリングの質問にします。手順書全体の構成や急所の書き方は作業手順書の作り方で解説しています。
AI Manual Coachで、ヒアリングの前後を支える
ヒアリングで時間をかけるべきなのは、判断の理由を聞き出す部分です。AI Manual Coachは、作業動画をアップロードするだけでAIが工程を解析し、作業手順書を自動生成する製造業向けのシステムで、ヒアリングの前後を次のように支えます。
- ヒアリング前に手順の骨組みを作る: 熟練者の作業動画から、テキスト・画像付きの作業手順書を自動生成できます。手順の流れが先に文章になっているため、ヒアリングは「この手順の、この判断」に絞って聞けます
- 聞くべき場面を見つける: 熟練者と新人の作業動画を比較し、差分と改善提案を含む分析レポートを生成できます。差分が出た場面が、重点的に質問すべき箇所の候補になります
- 聞いた内容を後任に定着させる: マニュアルの内容から理解度テストを自動生成できるため、ヒアリングで補った急所が後任に伝わっているかを確かめられます
- 社内の言い回しで残す: PDF・Word・Excel・CSV等の社内資料を検索対象に含めた回答生成(RAG)に対応しており、自社の専門用語を反映したマニュアル生成が可能です
まとめ
熟練者へのヒアリングで勘・コツを聞き出すには、聞く作業を1つに絞り、聞き手が先に作業を見て、作業動画を撮ってから臨みます。質問は「コツは何ですか」ではなく、判断の手がかり・良し悪しの基準・異常時の対応・順番の理由・新人がつまずく場所・過去の失敗を、具体的な場面で聞きます。作業中には話しかけず、動画を一緒に見ながら判断が入る場面で止めて聞き、時刻と答えをセットで記録します。聞いた内容は当日のうちに手順ごとの急所と理由として手順書に書き、本人の確認と、経験の浅い作業者による試行で足りない言葉を見つけて、次のヒアリングにつなげます。




